【2015冬】山陰ローカル乗りつぶし 第3日・中編

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前回は こちら


3日ぶりの更新です。このシリーズも残すところあと2回となりました。最後までどうぞお付き合いください。
前回は、広島を6時前に出発し、柳井で弁当購入中に列車が発車してしまうという、あまりにもアレなミスをしてしまった訳ですが、果たして荷物は無事回収出来るのか?
というわけで、今回は新山口からスタートです。

●3331M 下関行 新山口854→小野田921 115系4両(広セキR-01)
因縁の列車再び
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※小野田にて撮影

あるはずもない荷物を求めて、念のため岩国→柳井で乗車していた車両を覗く。

もぬけの殻でした、はい。
この車両にとどまっているのは腹立たしいので()別の車両に移る。

比較的駅間の長い山陽線末端区間をのんびり走って27分、小野田に到着。色々あった3331Mとここで本当のお別れ。列車は何事もなかったかのように発車していく。
ここ小野田駅があるのは山陽小野田市。やけに長ったらしい名前が平成の大合併で誕生した自治体感を漂わせている。ただ、新幹線停車駅たる厚狭駅も同市内にあるので、小野田は市の代表駅ではなさそう。
因みに昔、厚狭で野宿したことがあるんですが話せば長くなるので、、、(すごく短く言うと、宇部から厚狭まで約10km歩き、始発まで厚狭駅前の電話ボックスで仮眠をとったという話です)
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●3526M 新山口行 小野田929→宇部933 115系4両(広セキL-03)
小野田にやってきたのは時間つぶしのため。8分後の列車で一つ手前の宇部に折り返す。
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はい、宇部
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ここから宇部線を経由して新山口へ行く。

●1838M 新山口行 宇部950→新山口1053 123系1両(広セキU-18)
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ちょっと分かりにくいが、窓と扉の配置が異様。
国鉄の荷物車を旅客向けに改造した車両。現在はJR西日本でしか走っていないが、かつては中央線の辰野支線でも「ミニエコー」として走っていたし、東海でも身延線で走っていたらしい。特徴的な車体、窓割、ドアに加え、車両ごとにそれらが異なっているなど、とにかく「迷」要素に満ちた車両である。
<参考>123系ミニエコー@塩尻
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単行の新山口行は宇部発車時点で満席&立客約10人と盛況であった。宇部から3つ目の宇部新川は宇部市の中心部にあり、宇部興産の最寄でもあるので、当然大勢の下車客があるだろうと思い込んでいたが、それは誤りだった。むしろ宇部岬の方が下車客が多かった。後ほど地図を見たところ、近くに商業施設があるようだ。
ところで皆さんは「草江」という駅をご存じだろうか?
実はこの駅、山口宇部空港の最寄駅なのである。地図を見ればわかるが、本当に目と鼻の先である。にもかかわらず空港最寄駅であることをひた隠しにするかのような駅名である。それが災いしてか、草江は1日の利用者数は100人未満の小さな無人駅である。大体、空港最寄駅というのは「新千歳空港」とか「成田空港」、「関西空港」、「宮崎空港」といった具合に空港を前面に押し出し、場合によっては空港アクセス列車が運行されていたりするものである。それに比して草江のなんと謙虚なことよ。宇部線或いはJR西日本というのは実に不思議な路線(組織)である。

草江駅周辺の地図


山陽線と異なり、一駅が短い宇部線は動いては停まり、動いては停まり、を繰り返す。それゆえ宇部ー新山口間わずか33.2kmを1時間以上かけて進む。山陽線なら同区間を約25分で走るから、倍以上の時間がかかることになる。実に辛気臭い(というか寝てしまったw)が、これも乗りつぶしの一環であるし、乗車時間的にも三江線や木次線のそれに比べれば大したことはない。
そんなこんなでずっと混みあったまま10:53に新山口に到着。因みにさっき小野田から乗った新山口行を乗り通していたら、9:57には新山口に到着している。
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●3342M 徳山行 新山口1112→徳山1154 115系4両(広セキH-01)
この車両は両端クハが113系(クハ111)で中間モハ2両は115系という異端児である。しかもヘッドライトは元の大型ライトを埋めてシールドビーム化した所謂「チクビーム」である。車内は昔ながらのボックスシートで話題性に事欠かない。しかしながら数年前に廃車になった模様。
クハと運転台
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廣島名物ガムテ(小)
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それとこの3342M列車であるが、この旅行の1年前(2014年)に乗車したときは2両編成のT編成で運転されていた。下関から徳山まで乗り通したが、始終混みあっていてあまりいい思い出はない。しかしながら今回は4両だったこともあってか、比較的空いており、快適だった。

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富海(とのみ)、戸田(へた)付近では海が間近に見え、大変美しい。今回の旅は冬場に行ったものであるが、瀬戸内側であるため、日本海のように荒れていることもなかった。惜しむらくは列車の窓が汚くて上手く写真に収められないことであろう。


途中防府で幾ばくかの客を乗せ、終着徳山には11:54に到着。
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隣にT編成
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ところで、皆さん覚えているだろうか?柳井で弁当購入中に列車が発車してしまい、鞄だけを乗せて行ってしまったことを。そして親切な大学生が徳山の駅に届けてくれたことを。ここで鞄を回収しなければならぬのである。
次の列車は12:04。10分でミッションを遂行しなければならない。もし回収に失敗すれば、次の列車まで30分待ちである。30分くらい大したことないやん、1時間待ちよりはマシやろ。などと思われるかもしれないが、この後に控えている福塩線乗車に響くのである。それに伴って帰宅も遅くなるので乗り遅れは回避したいところ。

ドアが開くとまずH-01編成の写真を1、2枚撮影。急いで改札へ向かい、駅員氏にかばんを忘れ、届けてもらった旨を話す。すると氏は奥の方に入っていき、まもなく鞄を持って外に出てきた。鞄とその中身を見せてもらい、「これですね?」と問われ、「はい」と答えると身分証の提示を求められる。そのようにし、受取票のようなものに記入して、荷物は無事回収できた。(数年前のことなので記憶が少し曖昧だが、大体このような流れだったと記憶している。)比較的スムーズに受け取れたが、これはある行為が功を奏したのかもしれない。
実は宇部での乗換時間に宇部の駅員氏に徳山に荷物を預けてくれた人がいるのだけれど、乗換時間が短いので、すぐ受け取れるよう根回ししていただけないだろうか、という旨のことを話した。それで親切にも徳山駅に連絡してくれたのだろう。宇部の駅員さん、徳山の駅員さん、本当にありがとう!
かくして荷物回収作戦は無事成功した。

●3360M 岩国行 徳山1204→岩国1314 115系4両(広セキN-05)
因縁の柳井を再び通る。柳井で降りる人は多かった。この一件までは柳井にすごく興味があったけど軽くトラウマである。
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岩国にて
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●556M 広島行 岩国1321→広島1413 115系4両(広セキN-17)
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中間モハは117系から改造された3500番台。車内は117系に準じているが、3000番台と瓜二つで車番以外で判別するのは困難だと思う。

途中大野浦ではセキC-37編成とすれ違う。ボロいことで有名なC編成であったが、227系投入により今や風前の灯火。当時は國鐵廣島に新車がやってくるなど考えたこともなかったし、ネットでもやはりしネタにされていた。これも時代の流れか。
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宮島航路の出ている宮島口は観光地ということもあってか、乗降りも多い。また、これより先は広島近郊であるからお客も増える。昼間にもかかわらず立客が出るくらいの賑わいで広島着。岩国発の列車は広島を越えて白市or三原・糸崎まで行くのが普通だと勝手に思い込んでいたが、広島止の列車も一定数ある模様。
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ここ広島で駅弁「夫婦あなごめし(1150円)」を購入するわけだが、実は次の列車まで7分しかないので大急ぎで購入する。(←柳井の件全く反省してない デモニモツハモッテルヨ)


次はいよいよ最終回!セノハチ越えて福塩線に乗ります。
227系、チェスト!気張れ!!




つづく

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